NEW 「希望の巡礼者として生きるために」〜教皇レオ14世に学びながら〜 パウラ・レイス・ゴメス 2026年1月15日
「希望の巡礼者として生きるために」~教皇レオ14世に学びながら~
講師:パウラ・レイス・ゴメス(上智大学非常勤講師)
日時;1月15日、2月26日、3月12日 木曜日 14:00~15:30
講座は2017年9月から始まり、前期までの約3年間は教皇フランシスコの回勅や連続講話から祈りについて黙想し学びました。今期から教皇レオ14世の一般謁見演説「わたしたちの希望であるイエス・キリスト」についての連続講話を取り上げます。希望を見いだせない今、このテーマを掲げます。日本ではまだ発信の少ない教皇レオ14世のお言葉を講師が受講者にわかりやすく教え、深めていきます。
講座の流れは最初の祈りで始まり、講話、黙想の時間、受講者の感想を聞く分かち合い、最後の祈りで終わります。今月からzoom受講に加え、見逃し配信も可能となりました。(講話のみで、分かち合いは除きます)
第1回目は教皇レオ14世の最初の一般謁見演説を取り上げました。
たとえ話「種を蒔く人」(マタイ13,1-17)です。
イエスのたとえ話は希望を回復する助けです。現実に起こっていることの中で、神が働き続けていることを示しています。それは自然、日常生活、身近な話からとられた物語で、私たちに常に問いかけています。イエスはたとえ話を用いて多くのことを教えてくださいます。
「種を蒔く人」は神の御言葉の力強さと、神の御言葉の生み出す効果について語ります。
群衆、求めて渇いている人々に向けてイエスは語ります。土地は私たちの心です。人々はいろいろな異なる状況があります。イエスの言葉はすべての人のためのもので、さまざまな仕方で一人一人の中で働き、前進できるようそれぞれに力を与えてくれます。実の結び方も違います。種は神の言葉です。種は土地を選ばず、どんなところにも蒔かれます。神様の愛し方を表しています。成果と結果を重視する私たち人間は実を結ばない土地には無駄だと考え最初から種を蒔きませんが…。イエスは神が御言葉の種をあらゆる種類の土地に、すなわち私たちのあらゆる状況に蒔くということを語っています。神はいつか必ず種が実を結ぶことを信頼し希望しています。
このたとえ話はよく聞きますが、いつも自分はよい土地にならないと実は結ばない、よい土地にならなくては、と思っていました。しかし今日このたとえ話から神様の寛大さ、温かさを、そして神のお考えは人間の考えと違い、計り知れなく、想像を超えていると感じました。
またイエスは種が実を結ぶ仕方をたとえながら、自分の生涯についても語ります。イエスご自身が御言葉であり、種です。種は実を結ぶために死ななければなりませんが、イエスはそのことを残念に思っていません。このたとえ話は、神が私たちのために進んで無駄にし、私たちの人生を造り変えるために死ぬ用意ができていることも語っています。死なないと復活しない。もうすでにこの時からイエスは私たちにこのことを伝えているのか、と思いました。
最後に教皇レオ14世はヴァン・ゴッホの「日没の種まく人」の絵にも触れます。ゴッホが種を蒔く人の背景に、すでに実った小麦を描いています。私たちはどうしてそうなるか分からないけれど、種は実を結んでいる。それは希望を印象づけます。情景の中央にいるのは、種を蒔く人ではなく太陽です。それは歴史を動かすのは神であることを私たちに思い起こさせるためかもしれません。神がいないように思われても、大地の土塊を温め、種を実らせるのは太陽(神)です。
この絵を鑑賞した時の描かれている太陽の明るさを今でも覚えています。このような神の深い気持ちが込められている作品であると知りました。
神の御言葉をいつも受け入れることができる恵みを神に願い、自分たちが豊かな土地でないことに気づいたなら、落ち込まず、私たちをよい土地にするようにもう一度私たちに働きかけてくださることを願いましょう。
講座を終えたとき、讃美歌の「かみさまのあいは」の歌詞が浮かんできました。安心しました。
神様の御言葉がイエス様を通して教皇レオ14世へ、パウラ宣教師へ、そして私たちへと伝わっていきます。忙しない日常の中で、この講座は静かに神様と繋がる時間です。
やがて教皇レオ14世ご自身のお考えを徐々に知ることができると思います。
なお、教皇レオ14世の最初に発表した公文書(Dilexi te)『主があなたを愛しているー貧しき者たちへの愛についてー』から学ぶ講座もございます。よろしければ、そちらもご参加ください。

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